伝えたいことがあるってとっても大事!
- 2016.02.28 Sunday
- 10:20
レコード会社からオーダーを受けていた内の1アーティストの原稿が先ほど完了しましたー!やったね!!
解説執筆から始まって、電話インタビュー、起こし、そして記事にする作業までが最近の1サイクル。
通訳さんを介していた昔と比べれば作業もプレッシャーも増えたけど、その場でもらう回答によって質問を変えられること、起こしが届くのを待たずに作業できることなど、利点は多いんです。
音声きき返すと自分の英語の拙さやクセにも気づけるので勉強になるのもありがたくて。
久しぶりぼブログ更新になっちゃったのは、そんなこんなで〆切続きだったんです。ってまだ過去形ではないけど。
ということで今日はここ最近起こった英語に関する出来事などについて書いてみようかなと思います。
先日、アメリカンの女の子に英語のブラッシュアップについて質問したんですね。
「アクセントに気を付ければもっと良くなるよ」
とハッキリ言ってくれました。こういう意見、とっても貴重なんです。ちゃんと私の英語を聞いてくれていた証拠ですから。
反面、昨日たまたま目にした日本人同士の会話。
Aさん(在米7年:英語に自信アリ)がBさん(在米20年以上)にとある単語の発音について「え!?◯◯でしょ??」と突っ込んでいたんだけど、
イヤイヤ、そんなBさんの発音が?????っていうものだったんですね。で、20年以上住んでいるBさんはAさんより大分年上だから彼女が敬語はおろかぶっきらぼうに言われればムッと来るのも無理ないだろうなーっていう。ちょっとピリッとした空気が流れていました。あああぁ。
例えばAさんが生まれも育ちもアメリカなら分かるのですが、40年近い人生で7年しかいないのに、敬語を使えないっていうのは理解に苦しいんですね。
Bさんは本人も認めている英語がそんなに得意ではない人なのですが、とても綺麗な日本語を話す人。それだけに目上の人間に対する思い遣りなく、ご本人からしてみれば3分の1ほどの滞在年数の女性からネイティヴスピーカーのようなノリで発音の修正をされるのは気持ちの良いものではないと思うんです。
私は自分の発音に自信が無いので、そういう時は、相手が目上の方なら特に「私も自信ないので調べますね!」とか何とか言って、携帯で単語の発音検索して一緒に学ぶかもしれません。周りにネイティヴの人がいない時は。
たまたまBさんとはその数日前にお話する機会があって、
「やりたいと思ったことや挑戦したいと思ったことがあったらその時にやったほうが良いわよ。歳を取ると同じことでも若い頃と比べて何倍も時間がかかるんだから。後悔しないようにね」
って前向きなアドバイスを貰ったんですね。Bさんはこれまでやってきた仕事の世界で久しぶりに英語を沢山使う場所に立ったことがキッカケで、英語も勉強しているご様子。だからAさんの発音に関するBさんへの指摘の仕方は、ともすればそんなBさんの前向きな勉学意欲を削ぐことに繋がる気がしたんです。
6年間もの間学校で英語を学んでいる人が数多くいるにも関わらず、英語力が低く、話せない日本人が多いと言いますが、その背景には、英語教育の見直しだけでなく、羞恥心やプライドを取り除くことも重要だと思うんです。
以前ブログに書いたかもしれませんが、
ずいぶん前に、とあるカフェで時間を潰していたところ、隣席の外国人から英語で声を掛けられました。
今も全然ですが、当時は今の10%位の英語力。発音はもちろん、文法もメチャクチャでしたが、
「良い温泉はどこにありますか?」
というその男性のリクエストに応えてあげたくて必死になって答えたんです。
すると暫くしてその男性は流暢な日本語を話し始めました。
「日本語話せるなら早く言ってくれれば良いのにーっ!」
とか何とか言って笑っていたのですが、そんな彼がポロっと言いました。
「どうして日本人は英語を話そうとしないんですか?「英語が出来ません」っていってたはずのサラリーマンもお酒が進むと積極的に英語を話してくれるようになるんですよ。みんな6年間も学んでいるから少しは話せるはずなのに。僕の日本語の発音だって合ってないのは分かっているけど気にしないよ。だから日本人にも完璧な文法知らないとか発音出来ないからって恥ずかしがらずに喋ったらいいのにね」
仰る通りでしたね。
私もそんな内の1人でした。ラジオDJの仕事をするまではもっと。
海外のアーティストにインタビューする時も通訳さんの前で自分の稚拙な英語を使うのは恥ずかしくて...。でも、目の前にいるアーティストに直接言葉を届けたい思いが強まり、勉強を始めました。
でも、取材やイベントなどの場には通訳さんを必要としていた私に、15年ほど前でしょうか、よくMCの発注をしてくださったとあるレコード会社の方からこんなことを言われたんです。
「宮原さんが英語喋れたらもっとお仕事あるんですけどね」
その時は自分を恨みました。英語が出来れば手が届いたかもしれないオファーはその後何度も私の前を通り過ぎていったんですよね...。もっと早くから、それこそ初めて洋楽にはまった9歳とかその辺からやっていれば、なんて思ったことなんて数え切れないほど。
今回インタビューしたのはKillswitch EngageのAdamだったのですが、これが2度目。実はその1回目は約10年前のラウドパーク06の会場だったんですね。
どうしても私の取材に着いてくれる通訳さんがいなくて、構成作家のイソさんと2人で行うことに。彼女が英語の出来る人なのでサポートしてくれましたが、基本私にトライさせてくれまして、それが人生初の英語インタビューだったわけです。
結果、
モチロン 撃沈!!!
質問状を持っては行ったものの、アダムとジャスティン(dr)がジョーク交じえて気さくに話してくれるのに、全く聞き取れずに会話が弾まない。後日聞き返して訳を起こしてもらい、やっとジョークも把握出来たという顛末で、
正直今回のインタビューもそんな前回の失敗をどう昇華できるかも心配だったんです。
結果は.......
ちゃんとお話出来た!
すでに書きましたが発音は酷いし変なクセはあるし、自分の英語に問題点は山ほどあるのですが、10年前と比べて今はある1点において大きな違いがあるんです。
それは、
「伝えたい気持ちが前に立っていたこと」
完璧な英語なんていつまでも話せないかもしれないけど、
だってそんなの日本語だってそうだし。
それよりも、伝えたい思いを自分のストックにある英語で伝えてみる。
昔は、相手が「どういう意味?」と聞かれて「あぁやっぱり私英語ムリ!!」って萎縮していたのが、
「ごめんなさい。ええっとこういうことが言いたかったんです」
って怖気付かなくなった。
それが大きいんです。
日本にいた頃、
「私の英語が拙くてごめんなさい」
と詫びるとたまにこんなことを言われました。
「こちらこそ、日本語が話せなくてごめんね」
と。
でもその一方で私がHMVのインストアDJをやっていた頃、英語で作品の問い合わせをしてきた外国人のお客様に対応できずに詫びたら、
「なんでキミはHMVでDJやってるのに英語話せないんだよ!」
って怒られたこともあります。
他人からの心ない一言で勉学意欲もプライドも奪われてしまうことがあるけれど、もしもそれがバネとなって成長できるなら別ですが、そんなものはさっさと忘れて、
恐れずドンドン英語を使って欲しいです。
もう一つだけ身近な例を出しますね。
在米5年位の知人女性が先日、
「最近英語を話すの疲れちゃった。話したいことがないんだよね」
とこぼしました。
返答に困った私は「そうなんだね...」としか言えませんでした。
彼女は常々英語が話せないと言っていました。でも一緒に飲みに行けば、リスニングは出来ている。ただ、発語はしないんですね。要は「話すことがなかった」ということだったのかと。
私のような英語ダメダメ人間でもメンタルのベクトルを変えただけで、少しずつ言葉の壁を壊していますが、そこには「伝えたいこと」というハンマーやドリルが不可欠なんです。
伝えたいことがなければ、聞けるようにはなってもそれで終わり。
最低限の会話はできるならけど、話は深く進むことがないからスピーキングの上達はあまり期待出来ません。それは書くことも同じだと思います。
英語圏に住んだら英語が話せるようになれるなんてことはありません。伝えたい相手が英語圏の人で、日本語が話せない環境なら、日本でだって話せるようになるはずです。
特にLAのように日本人コミュニティーがあるような場所はいくらでも英語を話さずに過ごせてしまいます。
そうならないように、こちらでの仕事には全て英語を必要とするものだけを受けています。ラジオの出演だってリサーチは全て英語の情報がソース。英語のせいで時間はかかりますが、「伝えたい思い」を基に今日もまだまだ頑張ります!
そんな本日は、私なんぞの何万倍も努力して世界の頂点に立っている俳優や映画人が脚光を浴びるアカデミー賞の授賞式。
ディカプリオの男泣きが見たいなぁ〜
写真、まったく関係ないけど先日仕事仲間から頂いたケーキ。周りの人から頂いたあったかい気持ちのこもったケーキなので、ポジティブなパワーがあるかも。写真ですがおすそ分けします?
解説執筆から始まって、電話インタビュー、起こし、そして記事にする作業までが最近の1サイクル。
通訳さんを介していた昔と比べれば作業もプレッシャーも増えたけど、その場でもらう回答によって質問を変えられること、起こしが届くのを待たずに作業できることなど、利点は多いんです。
音声きき返すと自分の英語の拙さやクセにも気づけるので勉強になるのもありがたくて。
久しぶりぼブログ更新になっちゃったのは、そんなこんなで〆切続きだったんです。ってまだ過去形ではないけど。
ということで今日はここ最近起こった英語に関する出来事などについて書いてみようかなと思います。
先日、アメリカンの女の子に英語のブラッシュアップについて質問したんですね。
「アクセントに気を付ければもっと良くなるよ」
とハッキリ言ってくれました。こういう意見、とっても貴重なんです。ちゃんと私の英語を聞いてくれていた証拠ですから。
反面、昨日たまたま目にした日本人同士の会話。
Aさん(在米7年:英語に自信アリ)がBさん(在米20年以上)にとある単語の発音について「え!?◯◯でしょ??」と突っ込んでいたんだけど、
イヤイヤ、そんなBさんの発音が?????っていうものだったんですね。で、20年以上住んでいるBさんはAさんより大分年上だから彼女が敬語はおろかぶっきらぼうに言われればムッと来るのも無理ないだろうなーっていう。ちょっとピリッとした空気が流れていました。あああぁ。
例えばAさんが生まれも育ちもアメリカなら分かるのですが、40年近い人生で7年しかいないのに、敬語を使えないっていうのは理解に苦しいんですね。
Bさんは本人も認めている英語がそんなに得意ではない人なのですが、とても綺麗な日本語を話す人。それだけに目上の人間に対する思い遣りなく、ご本人からしてみれば3分の1ほどの滞在年数の女性からネイティヴスピーカーのようなノリで発音の修正をされるのは気持ちの良いものではないと思うんです。
私は自分の発音に自信が無いので、そういう時は、相手が目上の方なら特に「私も自信ないので調べますね!」とか何とか言って、携帯で単語の発音検索して一緒に学ぶかもしれません。周りにネイティヴの人がいない時は。
たまたまBさんとはその数日前にお話する機会があって、
「やりたいと思ったことや挑戦したいと思ったことがあったらその時にやったほうが良いわよ。歳を取ると同じことでも若い頃と比べて何倍も時間がかかるんだから。後悔しないようにね」
って前向きなアドバイスを貰ったんですね。Bさんはこれまでやってきた仕事の世界で久しぶりに英語を沢山使う場所に立ったことがキッカケで、英語も勉強しているご様子。だからAさんの発音に関するBさんへの指摘の仕方は、ともすればそんなBさんの前向きな勉学意欲を削ぐことに繋がる気がしたんです。
6年間もの間学校で英語を学んでいる人が数多くいるにも関わらず、英語力が低く、話せない日本人が多いと言いますが、その背景には、英語教育の見直しだけでなく、羞恥心やプライドを取り除くことも重要だと思うんです。
以前ブログに書いたかもしれませんが、
ずいぶん前に、とあるカフェで時間を潰していたところ、隣席の外国人から英語で声を掛けられました。
今も全然ですが、当時は今の10%位の英語力。発音はもちろん、文法もメチャクチャでしたが、
「良い温泉はどこにありますか?」
というその男性のリクエストに応えてあげたくて必死になって答えたんです。
すると暫くしてその男性は流暢な日本語を話し始めました。
「日本語話せるなら早く言ってくれれば良いのにーっ!」
とか何とか言って笑っていたのですが、そんな彼がポロっと言いました。
「どうして日本人は英語を話そうとしないんですか?「英語が出来ません」っていってたはずのサラリーマンもお酒が進むと積極的に英語を話してくれるようになるんですよ。みんな6年間も学んでいるから少しは話せるはずなのに。僕の日本語の発音だって合ってないのは分かっているけど気にしないよ。だから日本人にも完璧な文法知らないとか発音出来ないからって恥ずかしがらずに喋ったらいいのにね」
仰る通りでしたね。
私もそんな内の1人でした。ラジオDJの仕事をするまではもっと。
海外のアーティストにインタビューする時も通訳さんの前で自分の稚拙な英語を使うのは恥ずかしくて...。でも、目の前にいるアーティストに直接言葉を届けたい思いが強まり、勉強を始めました。
でも、取材やイベントなどの場には通訳さんを必要としていた私に、15年ほど前でしょうか、よくMCの発注をしてくださったとあるレコード会社の方からこんなことを言われたんです。
「宮原さんが英語喋れたらもっとお仕事あるんですけどね」
その時は自分を恨みました。英語が出来れば手が届いたかもしれないオファーはその後何度も私の前を通り過ぎていったんですよね...。もっと早くから、それこそ初めて洋楽にはまった9歳とかその辺からやっていれば、なんて思ったことなんて数え切れないほど。
今回インタビューしたのはKillswitch EngageのAdamだったのですが、これが2度目。実はその1回目は約10年前のラウドパーク06の会場だったんですね。
どうしても私の取材に着いてくれる通訳さんがいなくて、構成作家のイソさんと2人で行うことに。彼女が英語の出来る人なのでサポートしてくれましたが、基本私にトライさせてくれまして、それが人生初の英語インタビューだったわけです。
結果、
モチロン 撃沈!!!
質問状を持っては行ったものの、アダムとジャスティン(dr)がジョーク交じえて気さくに話してくれるのに、全く聞き取れずに会話が弾まない。後日聞き返して訳を起こしてもらい、やっとジョークも把握出来たという顛末で、
正直今回のインタビューもそんな前回の失敗をどう昇華できるかも心配だったんです。
結果は.......
ちゃんとお話出来た!
すでに書きましたが発音は酷いし変なクセはあるし、自分の英語に問題点は山ほどあるのですが、10年前と比べて今はある1点において大きな違いがあるんです。
それは、
「伝えたい気持ちが前に立っていたこと」
完璧な英語なんていつまでも話せないかもしれないけど、
だってそんなの日本語だってそうだし。
それよりも、伝えたい思いを自分のストックにある英語で伝えてみる。
昔は、相手が「どういう意味?」と聞かれて「あぁやっぱり私英語ムリ!!」って萎縮していたのが、
「ごめんなさい。ええっとこういうことが言いたかったんです」
って怖気付かなくなった。
それが大きいんです。
日本にいた頃、
「私の英語が拙くてごめんなさい」
と詫びるとたまにこんなことを言われました。
「こちらこそ、日本語が話せなくてごめんね」
と。
でもその一方で私がHMVのインストアDJをやっていた頃、英語で作品の問い合わせをしてきた外国人のお客様に対応できずに詫びたら、
「なんでキミはHMVでDJやってるのに英語話せないんだよ!」
って怒られたこともあります。
他人からの心ない一言で勉学意欲もプライドも奪われてしまうことがあるけれど、もしもそれがバネとなって成長できるなら別ですが、そんなものはさっさと忘れて、
恐れずドンドン英語を使って欲しいです。
もう一つだけ身近な例を出しますね。
在米5年位の知人女性が先日、
「最近英語を話すの疲れちゃった。話したいことがないんだよね」
とこぼしました。
返答に困った私は「そうなんだね...」としか言えませんでした。
彼女は常々英語が話せないと言っていました。でも一緒に飲みに行けば、リスニングは出来ている。ただ、発語はしないんですね。要は「話すことがなかった」ということだったのかと。
私のような英語ダメダメ人間でもメンタルのベクトルを変えただけで、少しずつ言葉の壁を壊していますが、そこには「伝えたいこと」というハンマーやドリルが不可欠なんです。
伝えたいことがなければ、聞けるようにはなってもそれで終わり。
最低限の会話はできるならけど、話は深く進むことがないからスピーキングの上達はあまり期待出来ません。それは書くことも同じだと思います。
英語圏に住んだら英語が話せるようになれるなんてことはありません。伝えたい相手が英語圏の人で、日本語が話せない環境なら、日本でだって話せるようになるはずです。
特にLAのように日本人コミュニティーがあるような場所はいくらでも英語を話さずに過ごせてしまいます。
そうならないように、こちらでの仕事には全て英語を必要とするものだけを受けています。ラジオの出演だってリサーチは全て英語の情報がソース。英語のせいで時間はかかりますが、「伝えたい思い」を基に今日もまだまだ頑張ります!
そんな本日は、私なんぞの何万倍も努力して世界の頂点に立っている俳優や映画人が脚光を浴びるアカデミー賞の授賞式。
ディカプリオの男泣きが見たいなぁ〜
写真、まったく関係ないけど先日仕事仲間から頂いたケーキ。周りの人から頂いたあったかい気持ちのこもったケーキなので、ポジティブなパワーがあるかも。写真ですがおすそ分けします?
